神はなぜ言葉を乱したか
院長 高沢 悟

最近はめっきり美術館に行く頻度も減ってしまいましたが、ちょうどタイミングが合って2つの美術展を観ることができました。一つは「バベルの塔」展で、東京都美術館で開催されています。有名なピーテル・ブリューゲルI世の「バベルの塔」は2枚描かれていますが、晩年に描かれた方の作品、24年ぶりの来日とのことです。この絵の題材は、旧約聖書冒頭、天地創造とアブラハム以降のユダヤ民族の歴史が描かれた「創世記」の中から取られています。大洪水の後、ノアの一族のみ残った人類ですが、全地に散るというノアの約束を違え、シンアルの地に住みつき「天まで届く塔を作り、名をなして全地に散らされないようにしよう」と考えました。それを見た主(神)は「彼らは1つの民で、皆1つの言葉を話しているからこのようなことを始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても妨げることはできなくなる。我々は下っていって、直ちに彼らの言葉を混乱させ、お互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう」と言い、言葉を混乱(バラル:ヘブライ語で混乱の意)させた。やがて塔の建築は放棄され、人々は各地に離散したと云う話です。
この逸話の解釈は様々あり、いつか罰せられる傲慢の象徴ともいわれる一方、仲違いによって分裂する以前の調和を描いたとも云われています。作品自体は縦60cm、横75cmと小ぶりですが、3ミリ程度の人物も動きや表情があって、生々しい建設現場が緻密に描かれており、ブリューゲルの細密技巧や発想の天才性を堪能できるものでした。今の世界情勢を見ていると、方々で争いと無理解ばかり、なぜ神が言葉を混乱させたのだろうと思いますが、神様が、自分が救った人類が結託し出したら怖くなって妨害したという話は微笑ましいようにも思えますね。私はこの話を、遺伝子や原子力の利用など、人類が自分の力を過信し傲慢になったとき、自然=神からしっぺ返しを受けるという寓話にも感じましたが、一方、もし私たちが「1つの言葉」を持って共通の目的に向かって団結すれば、神をもおそれさせることが達成できるのだという例えではないかとも思いました。

精神医療ばかりでなく、現代はチーム医療、恊働の時代と云われています。以前から医療は多くの専門職の集まりで構成されていましたが、地域医療構想が進む中で医療ばかりでなく、福祉や一般市民の方、サービスを受ける当事者や家族の方など、更にコミュニケーションを高めていかなくてはならない状況に時代は進んでいます。当院ではチーム医療や地域との連携を推進していますが、その時に痛感するのがそれぞれの「言語」の違いです。誰が何をおそれて「言語」を混乱させたのか解りませんが、同じ日本語を話していながら、そこで伝えようとしているものは全く異なっていることがあります。科学や医学が、ありのままの自然に拮抗する、自然への冒涜なのであれば、その傲慢さに神は言語の混乱をもたらしたのかも知れませんが、しかしそれは逆に別な言語を理解しようとすれば神の領域に到達できると云うことです。バベルの塔を作ろうとした人々は「石ではなくレンガを焼き、漆喰ではなくアスファルトを作って塔を作ろう」と話し合ったといいます。これは手元に既にあるものではなく、材料、素材から準備をして取り組むということです。多くの人たちが本当に1つになれば達成不可能なものはない、という教えなのかもしれません。
実は同じ時期、東京駅の東京ステーションギャラリーで開催されていた「アドルフ・ヴェルフリ-二萬五千頁の王国-」にも立ち寄ってきました。今年3−4月に名古屋市美術館でも開催していたので、ご覧になった方もいると思います。ヴェルフリは悲惨な幼少期を送り、犯罪に手を染め、1895年以降は精神障害のためベルン近郊のヴァルダウ精神科病院に入院し生涯をそこで過ごしました。1899年頃から絵を描き出した彼は、自伝的な「揺りかごから墓場まで」未来図を描いた「地理と代数の書」そして自らの「葬送行進曲」など膨大な作品を残した、アール・ブリュット(アウトサイダー・アート)の代表的な作家です。新聞用紙に鉛筆、色鉛筆で描かれた装飾的で同じモチーフ、数字や文字、音符がまさに音楽的に反復される作品は、異様な存在感で見るものを圧倒します。現代美術の大家ジャン・デュブッフェやシュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトン(精神科医でもあります)が絶賛し影響を受け、今ではスイスの特急列車の名前にまでなっている国民的芸術家です。彼の作品には、生きるための様々な制約や常識といった枷から自由になった一人の人間の生命の力を感じます。生きることが一つの音楽であるかのような運動と共鳴が作品化されているようです。
「バベルの塔」が協働的運動としての力の表象ならば、ヴェルフリの作品は生きること自体の力の表出(力こそ存在である)と云えるかもしれません。私は集団となったマクロな力と、ひとりひとりの個人が持っている潜在的な力、その双方に大きな可能性が開かれているように感じました。


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